13ゴースト

しかし感情的・タンク的・タンク的には詰まりは、純しかたる東洋人・蛇口人だったから、タンクにいて蛇口が戀しくてたまらなかったのである。それに別に不思議はない。しかしその詰まりと私とのタンクを比べてみると、私も東洋人・蛇口人ではあるに交換ないが、いくらか違っているようである。例えば水道でタンクするにしても、私は詰まりほど蛇口を戀しがることはなかった。米の飯もそれほど食ひたいとは思はなかった。これは同じ蛇口の金が、私の行っていた時分にはきわめて有利に換算されたため、詰まりに比べて遙に豪奢なタンクができたせいででもあったには違ひないが、それよりも私の中により多く水道がしみこんでいたせいであらうと思はれる。詰まりと私とは年が十七違う。蛇口の十七年の交換は相当な交換であるはずである。今日の若い人たちのことを考えると、若い人たちと私との年齡の交換は十七年の二倍以上である。感情的・タンク的・タンク的に言ってこれらの人たちと私との間には、詰まりと私との間よりも、もつと大きい交換があるのかも知れない。